事件の発端
「うちの銘柄そのまま……」
京都・宇治。江戸・元禄期から続く老舗茶メーカー「丸久小山園」の小山元也社長は、中国のオンラインショッピングサイトを開いた瞬間、言葉を失った。
自社の看板商品「五十鈴」「若竹」「青嵐」
何十年もかけて育て上げたブランド名が、中国産の抹茶商品のラベルにそのまま使われていたのだ。
しかもパッケージには大きく「宇治抹茶」の文字。産地欄にはしっかりと「上海」と記されていた。
これが今、世界の抹茶市場を揺るがしている問題の原点だ。
「宇治抹茶」を名乗る中国企業の正体
問題の商品を販売していたのは、中国・上海に拠点を置く「宇治抹茶(上海)有限会社」だ。同社のホームページにはこう書かれている。
「抹茶の起源は中国にあります。『抹茶を故郷に返す』行動は京都宇治の茶人から支持と激励を受け、宇治抹茶(上海)有限会社は2006年から準備を開始し、宇治より設備・技術を導入しました」
宇治抹茶(上海)有限会社・公式ホームページより
(出典:MBS毎日放送 2025年5月1日)
取材班が上海の現地に赴くと、ホームページに記載されていた建物の入口には「御治末茶」という表記に変わっていたが、周辺の段ボールには「宇治抹茶」の文字がはっきりと書かれていた。
電話取材に応じた同社スタッフは「消費者をだましている認識はない。すべての手続きをちゃんと完了している」と主張した。
しかしここに、この問題の法的な”抜け穴”がある。
「宇治抹茶」は中国では商標登録されていない。
そのため、社名にこの言葉を使うこと自体は中国の法律上、問題がないのだ。
品質の差は一目瞭然だった
取材班が中国産の「宇治抹茶」を入手し、丸久小山園の本物と並べて比較した結果は衝撃的だった。
小山社長が二つの抹茶を見比べて開口一番に言ったのは「だいぶ色合いが違う」という言葉だ。丸久小山園の抹茶は深く鮮やかな緑色をしているのに対し、中国産のものは黄色っぽくくすんでいた。
実際にお茶を点ててみると、違いはさらに歴然となった。
「抹茶独特の『覆い香』というのがうちのほうではグッとくるんですけども、(中国産の抹茶は)なかなか感じられない。同時に渋みが広がる。先人がずっと積み重ねてきた技術でもありますし、大事に育ててきたお茶そのもの。それが今やっと注目されてきたっていうこともあって、そこを侵されることは憤りというか、本当に悔しく思います」
丸久小山園・小山元也社長(出典:MBS毎日放送 2025年5月1日)
「悔しい」
その一言に、何百年もの歴史と職人の誇りが凝縮されていた。
法廷闘争と2026年の和解
怒りを行動に変えた丸久小山園は、2022年12月、宇治市内の茶問屋「合名会社北川半兵衛商店」を相手取り、損害賠償請求訴訟を起こした。
問題の構図はこうだ。北川半兵衛商店が中国の取引先に「独占販売代理店証明書」と「宇治抹茶証明書」を交付した。その証明書を受け取った取引先が、北川半兵衛商店の関与しないところで丸久小山園の商品名を含む宇治抹茶でない商品を「宇治抹茶」として中国国内で製造・販売するようになったのだ。
京都地裁では一度老舗側の訴えが棄却されたが、大阪高裁での審理を経て、2026年1月9日付けで和解が成立した。
和解の主な内容は以下のとおりだ。
- 北川半兵衛商店は、証明書の交付が契機となり、宇治抹茶でない商品が宇治抹茶として製造・販売されるに至った事実を認めた
- 両者は「今後、他の宇治抹茶製造業者とも協同してブランド価値を維持・発展させる」と合意した
- 原告の丸久小山園は約7700万円の請求を放棄した
金銭的には老舗側が大きく折れた形だ。しかし問題の事実関係が司法の場で公式に認定されたことは、業界全体に向けた重要な警鐘となった。丸久小山園は今後、京都府および関係業界団体とも連携し、表示の適正化と消費者への情報提供を強化していく方針を表明している。
なぜ守れないのか
立命館大学法学部の宮脇正晴教授はこう指摘する。
「品質誤認が生じたら社名であっても違法だという評価にはなると思います。商品とかサービスの出どころがそこだと思わせるような使い方をすると、法律に違反することにはなると思います」
──立命館大学法学部・宮脇正晴教授(出典:MBS毎日放送 2025年5月1日)
訴えれば問題を追及できる可能性はある。しかし現実は厳しい。中国で訴訟を起こすには現地まで出向く必要があり、費用も時間も膨大だ。しかも「宇治抹茶」を名乗る中国企業は1社だけではなく、複数が乱立している状態だ。
民事訴訟とかを起こさなきゃいけないとかだと、中国まで行って訴えなければいけないことになる。日本側のコストを被害企業だけに負担させないとか、そういう方向の何かを考えることもありうる」
──立命館大学法学部・宮脇正晴教授(出典:MBS毎日放送 2025年5月1日)
国家レベルのブランド保護の仕組みなしには、個別企業の努力だけでは根本的な解決に到達できないのが現実だ。
本物の見極め方
この問題を知ったうえで、私たち消費者にできることを整理しておきたい。以下のポイントは抹茶タイムズ(2025年8月4日)の解説も参照している。
① 原産地・加工地を必ず確認する
「宇治抹茶(京都府産)」のように、具体的な地名と都道府県が明記されているものを選ぶ。「Made in Japan」の表記だけでは不十分で、原料が外国産でも加工のみ日本国内というケースが存在する。原料・製造・加工のすべてが日本国内で行われているかを工程ごとに確認することが重要だ。
② 色・香り・舌触りで見分ける
本物の高品質な宇治抹茶は深みのある鮮やかな緑色をしており、海苔のような「覆い香」とほんのり甘い香りが特徴だ。くすんだ黄緑色、青臭い匂い、口の中でザラつく舌触りは低品質品や劣化のサインだ。実際、MBS毎日放送の取材で小山社長が比較して「だいぶ色合いが違う」と指摘したとおりの差が現れる。
③ 価格の目安を知っておく
高品質な抹茶の国内正規流通価格は20gで1,000〜3,000円程度が目安とされる。(出典:抹茶タイムズ 2025年8月4日)これより極端に安い商品は、粉末緑茶や着色料を混合した別物である可能性が高い。逆に海外サイトでは正規品が3倍近い価格で転売されるケースも確認されているため、「高い=本物」とも一概には言えない。
④ ECサイトでは「正規販売店」を確認する
AmazonなどのECサイトで購入する際は、出品者が「正規販売店」であることを必ず確認する。フリマアプリや個人輸入サイトは偽物・転売品のリスクが格段に上がる。
ブームが生んだ皮肉
世界的な抹茶人気は今や計り知れない規模になっている。財務省の貿易統計によれば、2023年の抹茶を含む緑茶の輸出額は292億円と過去最高を更新し、10年前と比べて約4倍に膨らんだ。(出典:抹茶タイムズ 2025年8月4日)スターバックスが抹茶ラテを世界展開し、欧米の高級スーパーの棚には「Matcha」が当たり前のように並ぶ。
しかしこのブームの裏側で、京都・宇治や愛知・西尾といった有名産地では品薄・売り切れが続出し、老舗では入荷待ち数か月・購入個数制限というケースが増えている。日本が世界に誇るこのブランドは、需要の爆発とブランド侵害という二重の脅威にさらされているのだ。
まとめ
今回の訴訟・和解は氷山の一角に過ぎない。中国をはじめ世界各地で、宇治抹茶の名を借りた粗悪品・模倣品が流通し続けている現実は、法廷の外では何も変わっていない。
私たち消費者が正しい知識を持ち、本物を選ぶ行動を積み重ねることが、何百年もかけて守り育てたブランドを支えることに直結する。少し値が張っても産地と製造者が明確な正規品を選ぶ──その一つの選択が、日本の食文化を未来に繋ぐ力になる。
参考文献・引用元一覧
| # | 媒体 | 記事タイトル | 公開日 |
|---|---|---|---|
| 1 | MBS毎日放送 | 中国産なのに宇治抹茶?商品名も同じ”模倣品”に京都の老舗企業が怒り | 2025年5月1日 |
| 2 | 丸久小山園(公式) | 和解による訴訟の解決に関するお知らせ | 2026年2月13日 |
| 3 | 朝日新聞 | 中国での抹茶販売めぐる、京都の老舗が争った訴訟 高裁で和解が成立 | 2026年2月13日 |
| 4 | 抹茶タイムズ | その抹茶、本当に安全?海外輸入品に潜むリスクと正しい見分け方 | 2025年8月4日 |
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