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なぜアメリカと対立?イランの歴史から読み解く「親米から反米へ」変わった理由

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2026年3月1日 / 国際情勢・中東解説

「敵」になったのは、つい最近のことだ

ハメネイ師の死亡報道、米イスラエル共同作戦「エピック・フューリー」

連日飛び交う中東のニュースを見て、「そもそもなぜイランとアメリカはこんなに仲が悪いのか」と疑問を持った人は多いはずだ。実は今から70年ほど前まで、イランはアメリカの最も重要な中東の同盟国だった。その関係がどこでどう壊れたのか、歴史を一本の線でつないでみる。

第1章:石油という「火種」——1908〜1951年

物語の起点は石油だ。1908年、中東で初めてイランに石油が発見された。しかし掘り当てたのはイギリスのアングロペルシアン石油会社(現在のBP)で、利益のほぼ全てがイギリスに流れる構造が長年続いた。イランの人々にとって、自国の地下に眠る富を外国に奪われ続けるという屈辱は、反欧米感情の深い根となっていく。

第2章:CIAが民主主義を潰した日——1953年の「アジャックス作戦」

1951年、民主的選挙で首相に就任したモハンマド・モサッデクは、ついに「石油の国有化」を宣言する。自国の資源を自国民のために——当然の主張だったが、イギリスは猛反発し、アメリカも「共産主義が浸透する」と警戒した。

そこでCIAとイギリス情報機関MI6が実行したのが「アジャックス作戦」だ。工作員が現地の軍や群衆を買収し、クーデターを起こさせてモサッデク政権を打倒。親米のモハンマド・レザー・シャーによる独裁体制を復活させた。アメリカが「民主主義の守護者」を名乗りながら、イランの民主主義を自ら踏み潰した瞬間だった。この事実は後にCIAの機密文書が公開されて公式に確認されており、イラン人にとって反米感情の最深部にある原点として今も記憶されている。

第3章:豊かさの影で広がった格差——1960〜1970年代

シャーはアメリカの支援を受け、「白色革命」と呼ばれる大規模な近代化・西洋化政策を断行した。テヘランは高層ビルが立ち並ぶ近代都市へと変貌し、1973年のオイルショックによる原油価格急騰でイランの国家収入は爆増した。

しかしその恩恵は一部の富裕層と都市部に集中し、農村部との格差は凄まじかった。1976年時点で、電気普及率は都市部85%に対し農村部24%、水道普及率は84%対14%という極端な開きがあった。さらにシャーはサヴァク(秘密警察)を使い、反対勢力やイスラーム宗教者を徹底的に弾圧した。

「アメリカが支えるシャーが、私たちを苦しめている」

この感情が全国に積み重なっていく。

第4章:革命——ホメイニーが点火した炎——1979年

格差と弾圧への怒りを束ねたのが、亡命中の宗教指導者ルーホッラー・ホメイニーだった。「イスラームの教えに基づいた政治を」という訴えは、貧困層・宗教者・学生たちの心に火をつけ、1979年2月、ついにイスラーム革命が成就する。パフラヴィー朝は崩壊し、「イラン・イスラム共和国」が誕生した。

反米体制が決定的になったのはその直後だ。亡命したシャーをアメリカが受け入れたことに激怒したイスラーム学生らが1979年11月、テヘランのアメリカ大使館を占拠。444日間にわたる人質事件となり、この瞬間からイランとアメリカは事実上の断絶に入った。1980年4月にアメリカはイランと正式に国交を断絶し、現在に至るまで回復していない。

第5章:現在——40年以上続く「積み重ねられた不信」

その後もイラン・イラク戦争(1980〜88年)でアメリカがイラクを支援、2002年にブッシュ大統領がイランを「悪の枢軸」と名指し、核開発問題をめぐる経済制裁、2020年のソレイマニ司令官暗殺。

対立の歴史はどこまでも積み重なる。

2026年の今、アメリカとイスラエルによる軍事作戦でその緊張はかつてない頂点に達した。だがこの対立は「突然始まった戦争」ではない。70年以上にわたる石油・CIA・革命・人質事件という連鎖の末にある帰結だ。

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まとめ年表

イラン・アメリカ対立の流れ

出来事
1908年イランで石油発見。利益はイギリスが独占
1951年モサッデク首相が「石油を自国民の手に」と国有化宣言
1953年CIAがクーデターを主導。民主派政権を潰し独裁体制を復活
1963年〜シャーが西洋化改革を推進。格差拡大・弾圧で国民の怒りが爆発寸前に
1979年イスラーム革命勃発。シャー打倒・反米政権が誕生
1979年11月米大使館占拠・444日間の人質事件。国交断絶へ
1980年〜イラン・イラク戦争。アメリカはイラク側を支援
2002年ブッシュ大統領がイランを「悪の枢軸」と名指し
2020年トランプ政権がソレイマニ司令官を暗殺
2026年現在米イスラエル共同作戦で緊張は歴史的頂点へ

情報ソース:毎日新聞(2025年6月)、BBC日本語版(2026年1月)、Wikipedia「米国とイランの関係」、世界史の窓、CNN、Democracy Now(2023年)

イランとアメリカの関係が「親米から反米」へ変わった歴史を表した対比イラスト。1953年CIAクーデターから1979年革命まで、対立の変遷をイメージしたフラットデザイン。